ちゃりんこダビデ

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  第8章  


 三ヶ月の斡旋停止明けの最初のレース、和歌山一般戦が終わった。「最下級のB級まで落ちれば川瀬もさすがに勝つだろう」という大方の見方をくつがえして、ぼくはまたしても惨敗した。選手調整室の風呂に入って着替えたあと、選手手帳を持って報償金窓口に行く。このハイテク時代に競輪界はいまだ現金払いだ。「開催帰りを強盗に狙われたらどうする」と心配して言う人もいるが、報奨袋が札束の厚みで立つような選手はごく一部だ。ぼくらはほとんど防犯に気をつかわなくていい。どうかするとコンビニ・アルバイト学生の給料より少ない額だらだ。ありがたいような悲しいような話だ。
 薄っぺらな封筒を受け取り、どうやって斡旋のなかった三ヶ月分を補填していけばいいんだろうと暗澹たる気持ちになる。ぼくは来月三十八歳の誕生日を迎える。「そろそろオレのチャリンコ人生も終わりか」と溜息を漏らし、薄っぺら報償金袋から中身を取り出してポケットにねじ込む。
「しかるのち精神は自らの直接態である意識に進んでいかねばならない。美しき人倫的生活を廃棄して、いくつかの形態を通り、自己自身の知に行きつかねばならない」
 訳の分からないヘーゲル暗記文句を鏡に向かって吐き、ぼくはカネを抜き取った空袋をゴミ箱に投げ捨てる。通用口の外に足を踏み出すとき、落ちかけたキャリーバッグをもう一度背負い直す。これが三日間開催のフィナーレのいつものアクションだ。
 大阪難波から出ている南海本線が、大阪南部、和泉山地の山あいをしばらく縫うようにクネクネ走ると、急に展望が開けてくる。山あいを下っていく前方に、ゆったりと大河紀ノ川が流れ、田園地帯の中に散在する市街地と、河口にある大きな製鉄工場の煙突と、その向こうの紀伊水道が屏風絵の点景のように見える。その和歌山平野のとっかかり、南海電車が紀ノ川を渡り市街地に入る直前に、まるで川風に耐えて縮こまるようにして和歌山競輪場は建っている。
 選手通用口には冬の接近を告げる“紀ノ川渡り”が吹き付けている。ポケットに手を突っ込んだ灰色の競輪客たちとすれ違う。平日のA・B級、下級混合戦の開催とはいえ、寒々しい客の入りだ。「客の入りなんか関係ねえ」と競輪選手は大体うそぶくが、晩秋の頃の不入りは他の季節以上に応える。大勢の観客の前でプレイしたいというのはスポーツ選手なら誰でも思う本音だ。
 開催終わりにはよくテツがママ屋のバンで迎えに来ていたが、団地回りがあるとかで、今日は姿が見えない。テツは最近またチャリンコ屋の仕事に精出しはじめた。例のETプロムナードを仕上げるための資金稼ぎらしい。
「ダイヤモンド型の簡素形フレームにしたい、とにかくフェルナンドバレーの谷を越えるには軽量化が必須だ、でもダイヤモンド型フレームは前輪加重に弱い、だとしたら最新型カーボンファイバー・フレームしかない。でも高いがな。カネが要るがな。・・・・・・それに踏み込みを飛翔力に変えるにはインナーギアとアウターギアのホイール比を極度に高める必要があるけど、クランクシャフトを二段にして、それからフリー・フィッキングを使わないといけない、でもどんどん重くなる・・・・・・、軽くするにはやっぱりチタン合金のチェーンホイールか、高いがな、やっぱりカネやないか・・・・・・」
 テツは十三ワニさん公園のバラック小屋で珍しく図面なんか引きながら、そんな独り言を言って頭を抱えている。ほんとに最近のテツはETプロムナード一色だ。ETプロムナードのためにカネが要るということで、さぼっていた団地回りパンク修理にも再び出掛けている。少しはオレのピストレーサーのメンテナンスも考えたらどうや、川瀬達造のメカニックの役目はどうしたんだと、愚痴の一つも言いたくなる。
 ぼくはもう一度、三日間無為にギアを削ったわがピストを肩に担ぎ上げる。さすがに夏のトラブルには懲りた。客に何か言われては面倒なので、顎を上げ、遠く川向こうの方を見ながら、客の列の横を足早に通り過ぎる。遠くキラキラ輝く紀伊水道の海面や、逆光にシルエットを作っている海岸工場地帯の煙突が見える。紀淡海峡の奥にあるはずの鳴尾浜や六甲山は、加太岬の山地に阻まれて影すら見えない。
 ぼくはもう半年以上、一勝もしていない。競輪には各選手にレース成績に応じて持ち点というのが与えられるが、ぼくの得点はついに七十点を割った。三ヶ月前の客との不祥事で減点二・五をくらったのも大きく響いている。この点数はB級二班という最下級への転落を意味するものだ。各競輪場へのレース斡旋も極端に減り、自転車振興会からの引退勧告が始まる点数である。ほんとはヤジられても仕方ないところがある。あのロス五輪の栄光はどこへ行ったのかと、自分でも考え悩むときがある。
 まだ昼過ぎだ。B級戦はだいたい午前中に終わる。こんなに早く競輪場をあとにするのは辛いが、若手伸び盛りの連中がぼくより上のクラスで大金稼ぐのをじっと見ているのは余計に辛い。報奨金は八万出た。三日で八万といえばいい収入のようだが、B級は月に二度ほどしか斡旋がかからない。それにいつ引退勧告がくるかもしれない。ほんとにB級というのは、執行を待つ死刑囚が、これが最後の運動かと思いながら収監所の中庭を歩いている趣きがある。
 競輪場側壁の緑色のペンキが剥げてまばらになっている。道路を挟んだ向かいの染色工場の前を流れる用水溝には白く濁った水が淀んでいる。ピストと呼ばれる競輪用自転車がいくら軽いと言っても、いまの時期、肩に担いで持ち歩く選手は珍しい。自分の車やハイヤーに積んだり、配送業者に託したりするのが当たり前だ。でもぼくは南海本線和歌山市駅までピスト担いで歩く。しかももう一方の手ではアブフレックスというバネ仕掛けの筋力器具を持ち、それを腹筋に押し当ててトレーニングをする。普通これほど休む暇なく体を鍛えていれば競輪の成績も上がりそうなものだが、ぼくには一向にその気配がない。ただボディビルに成果が上がるばかりである。自分でもよく分からない。競輪の成績はいまや風前の灯火だが、そっちの方にはファイトが沸かない。でも体だけは間断なく鍛えていたい。鍛えていないと落ち着かない。体に関してだけは「目にもの見せてやるぞ」という気が沸いてくる。ほんとは競輪に使うべき熱意なんだろうけど。
 ぼくは競輪客の列を避けるように、紀ノ川の堤防に上がる。南海電鉄の和歌山市駅には遠回りにはなるが、この土手道なら客はいないし、気楽に歩ける。河口に広がる住友金属製鉄所の煙突群の排煙が川風に揺らいでいる。その風の寒さを逃れるように首をすくめ、堤防脇の防災倉庫を通り過ぎたとき、後ろから声がした。
「カチワリいかがっすかあ、ビールいかがっすかあ」
 低い声だが、その言葉にギョッとして振り向く。水本サキだった。
「・・・・・・」
「タイム、デッドボール、ランナー一塁」
 両手を広げてタイムを言い、二の腕あたりを叩いてデッドボールを示し、それから一塁を指差す。サキもあれだけ毎日「兵藤アンパイヤ・センター」にいれば、これぐらいのジェスチャーは覚えるだろう。でもなんでこんなところで・・・・・・。
「夏が終わったらアンパイヤセンターにも寄らないんじゃないの」
 サキが仏頂面でそう言いながらこっちに近づいてくる。
「なんで、サキさんが・・・・・・」
 ぼくはアブフレックスを腹筋から離し、片手にぶらぶらさせながら言う。
「大丈夫、その腹筋がレースに活かせるから・・・・・・、とそう言える日が来て欲しい」
 サキはぼくの手に握られたアブフレックスを覗き込んで言う。
「謹慎明けの最初の開催だっていうから応援に来ました。でも武運つたなく、応援選手は一敗地にまみれ、敗軍の将は兵を語らず、雨降って地固まる、夜明けの来ない夜はない、臥薪嘗胆、捲土重来、国破れて山河あり、城春にして草木深し」
 サキはぼくのアブフレックスから紀ノ川の川面に視線を移し、まっすぐ前を向いて言う。でも何が言いたいのか分からない。
「サキさん」
 ぼくは呼び掛けたが、サキはさらに一歩大川の方に出て急激に大声を出し始めた。
「時に〜感じては花にも〜涙をそそぎ、別れを恨んでは〜鳥にも心〜を驚かす、烽火〜三月に連なり、家書万金にぃ〜あた〜る、白頭〜掻けば更に〜みじか〜く、すべてぇ〜しんにたえざらんと欲す〜」
 段々抑揚までついてくる。片足半歩前に出して、片手を水平に広げたりして、これじゃまるで紀ノ川かわっぷち吟詠大会だ。
「サキさん」とぼくは再び大きな声で呼び掛ける。
「白頭〜掻けば〜更に短く、すべてぇ〜しんに〜・・・・・・、え、何?」
 詩吟の作法なのか、結句の部分をリフレインしようとするところで気がついて、サキがぼくの方を振り返る。
「この“しん”ていうのはかんざしのことね、中国では昔、男もかんざししてたんだね、で、かんざしが差せないぐらい毛が薄くなってきたと、つまり、これは国も荒れ果てた、オレの頭も荒れ果てたっていう、まあちょっと分かりにくいけど、あ、欲すっていうのはwantの欲すじゃないからね、何々しそうだ、みたいな・・・・・・」
「サキさん、何が言いたいのか分かりません」
「分からない?そうか、欲すっていうのはね、つまりもともとはwantだったんだろうけど、無生物が主語の場合は、ほら、例えば白髪がかんざしに堪えないよう願ってるみたいなのは変でしょ?白髪の分際で勝手にお願いしてんじゃねえって頭ひっぱたきたくなるでしょ?だから堪えなくなりそうって、堪えなくなりそうな状態だなあっていう、まあそういうような感じかなあ・・・・・・」
「そうじゃなくて、サキさん、なんでここにいて、なんでそういうことを言うのかというか・・・」
「あ・・・、あ、そうか、教養ね、教養のことを言ってんのね、わたし、ついつい教養出しちゃうタイプなのよねえ、困った癖ね、・・・・・・大したことじゃないの、わたし詩吟やってたのよ、いまでも結構声通るでしょ?詩吟やってたのよ、昔、淡路の南淡町でウシ相手に、あははははは、ウシのやつら、鞭声粛々(べんせいしゅくしゅく)〜、とか言うと驚いていっぱい乳出すんだから、あはははは」
 サキは気持ちよさそうに笑うが、ぼくは笑えない。キャリーバッグにアブフレックスを入れて足元に置き、そこにしゃがんで紀ノ川下流域の広くゆったりした水面を眺める。このあたり、南海線や高速道路、国道などの大きな橋が三つも並んで対岸の大阪府との境、和泉山脈へつながっている。
 目の前に「鉄砲場河川敷」という奇妙な看板が立っている。ここを通るたびに不思議に思っていたが、土手を降りたところの電信柱にも「鉄砲場二丁目」などという表札がかかっていて、“鉄砲場”というのがこの辺りの地名だと分かった。和歌山はもともと鉄砲で有名な雑賀(さいか)衆が開いた街だから、このあたり紀ノ川下流域の河原は水鳥の狩場だったのかもしれない。あるいは鉄砲試し撃ちの場だったのか、どちらにしてもおそらく一面の葦原だっんだろう。
 そのほんの一昔前まで一面雑草の原っぱだった河川敷も、いまはあちこちブルトーザーやシャベルカーが入って整地され、野球場やテニスコートが出来ている。
「川瀬さん、あなた、最近女に会ってない?」
 サキがぼくの横にしゃがみ込む。さっきの場違いな詩吟に自分で気がつき照れたのか、打って変わった静かな口調だ。
「女?」
 ぼくは横を見る。
「ゼラニウムの好きな女」
 サキは川風にさらされて目にかかってくる髪を掻き分けて言う。
「ゼラニウム?」
「ゼラニウムって花。知らない?ゼラニウム。元はイギリスなんかで栽培された花で、背丈はこれくらい、小さいの。でも夏には赤や黄色のくっきりした可憐な花が咲く。・・・なぜか、その女はいつもゼラニウムの鉢植えを抱えていて、男とみればすぐに差し出すの、I'll be right here とか言いながらね」
「カルビー?カルビー・カッパえびせん?」
「全然違います、カルビーじゃない、アイル・ビー・ライト・ヒア、よくそんなデタラメに聞こえるもんやね、わたしはずっとここにいるとか、そんな意味、・・・知らない?そんな女」
「はあ」
「いや、いいの、知らないんなら、それでいいの」
 サキはジャケットのポケットからハンカチを取り出して、ズズッと鼻を吸い上げる。
「川風しみるわねえ。紀ノ川渡りはほんとに寒々しい。きっとこのただダラダラと広がってる和歌山っていう街のせいね」
「サキさん、和歌山にいたことがあるんですか?」
「・・・なんで?」
「いや、そんな口ぶりだから」
「I was right here」
 サキはそう早口に言って澄ましている。
「ウマヅラ?ウマヅラハギ?」ぼくは横を見て聞き返す。
「全然違います、アイ・ワズ・ライト・ヒア、ウマズラじゃない、ここにいたことがあるとか、・・・よくそんな風に意味もないことに聞こえるもんやね」
「はあ」
「“和歌山にいたんですか?”“ウマヅラハギ”って、そういうの、だいたい会話として成立しないでしょ?」
「ですよね」
 ぼくは小さな声で言ってうなずく。サキは「ほんとに」などと言って、そのまままた話が途切れてしまった。
 紀ノ川下流域というのはどんどん護岸工事が進んでいる。二十年近く前、ぼくが実業団スプリント選手として和歌山国体に来た頃は、このあたりには雑草や水草の生えた河川敷や湾処がもっとたくさんあったように思う。河川敷や湾処(わんど)の川の際にコンクリートの長い堤防を作り、堤防の外になった湿地に土砂を入れて宅地や工業用地にしている。大阪十三のすぐ脇を通る淀川でもそういう所は多い。新大阪の神崎川流域もそうだ。下流に工業地帯を抱える所にとっては、葦の生えた河川敷があるということ自体が不自然なことなのかもしれない。でもこうやって護岸いっぱいの巨大水量の川を見ると、枯れ葦原の寒々とした河原もいいのになあと思ってしまう。
「そのゼラニウムの女が競輪選手を探している、それもかつてロサンゼルス・オリンピックに出たことのある競輪選手を探しているという噂を聞いたから」
 サキは川面を見て独り言のように言う。ぼくはサキの方を見る。
「・・・・・・でも知らないのなら、それはそれでいいの」そう言ってサキは溜息をつく。
 この鉄砲場河川敷とその対岸だけはたぶん昔から川っ原だったんだろう。両岸に広い地域が残っている。あちこちに湾処や溜まりが点在し、葦やカヅラなんかが群生する広大な湿地だったに違いない。でもこちら岸はほとんど運動公園になっている。対岸にはまだ草地が見えるが、それでも堤防の上には工事事務所のプレハブがある。ところどころ水際に足場も作られているし、重機も何台か見える。おそらく向こうも河川敷整備が始まるのだろう。
「川瀬さん、あなた、昭和六十二年の秋にこの紀ノ川の河原で事件があったの、覚えてない?」
 サキは相変わらず午後の日差しに白波がきらめく川面を見たまま言う。
「昭和六十二年?」
「昭和六十二年」
「昭和六十二年っていったら、ロス・オリンピックから帰ってきて、競輪学校に入っていた年だなあ。覚えてないなあ、何も。和歌山国体でここの競輪場に来たのはロスの前だしなあ」
「昭和六十二年の十二月十八日の朝、あの川向こう、いまブルトーザーが置かれてるあたり、白蓮河原と呼ばれているあのすすきっ原で集団焼身自殺があったの」
 サキは腕を伸ばして川向こうを指差す。
「若い女性ばかり五人が一度にあの河原で焼身自殺した。いまはもう半分が河川敷整地されてるけど、当時はほんと一面のすすきの原っぱでね、あれからもう十数年経ってるけど、つい最近まで黒く焼け焦げたあとが五ヶ所残ってた」
 サキの言葉にぼくはキャリーバッグを抱え直し、それから首を振る。
「和歌山紀伊半島の山間部、龍神郡鳴滝村の新興宗教『オーデンセの会』、そこの二十代から三十代の、いずれも独身女性信者だった。『オーデンセの会』には“神の人魚”と呼ばれる六人の独身女性のグループがあって教祖に仕えていたんだけど、教祖が急死した翌朝、そのうちの五人が後追い自殺したの。あの河原まで車でやってきて、全員で灯油をかぶって」
 ぼくはサキの指差した、斜め前、ちょうど高速道路の高架橋と南海電鉄の鉄橋が重なる手前あたりを見ていた。数百メートル手前のここからでも川風にすすきの穂が一斉に揺らめいているのが分かる。
「残された神の人魚の一人はまだ高校生だったんで、後追い自殺のメンバーからは外されたようなんだけど。その高校生の女の子が教団が解散したあと、甲子園球場近くに現れて、それから近畿の競輪場の周りでインチキまがいの商売をやってるって、そういう噂を聞いたの」
「だけど、サキさんは、どうしてまたその子を」
「わたしというより、所長が探してるの。昔ケアしたんだって、その子のことを。でもあるときから消息不明になってしまって」
「ケアって・・・」
「犯人は現場に戻るっていうでしょ、その子は別に焼身事件の犯人なんじゃないんだけど、ひょっとして、あの子の高校生時代の現場に戻れば、彼女がいるかも分からないしと思って、それでやってきたの。リース・ピースもいるしね」
「え?」
「犯人は現場に戻る、息子はやがて母の胎内に戻る、ETはいずれリースピースのもとに戻る」
「リース・ピース?」
「そう、リース・ピース」
「何ですか、それ」
「川瀬さん、ETの映画観た?」
「はあ」
「ETがCIAに追われて、サン・フェルナンド・バレーの森で行方不明になったとき、エリオット少年がCIAより先にETを見つけ出そうとしてキャンデー撒くでしょ、ETの潜んでいそうな森の入り口に。ピーナツ入りのチョコレート・キャンデー」
「はあ・・・・・・」
「あれ、アメリカ・ハーシーズ社のリース・ピースってキャンデーなの。ETが上映されてたとき“ETの大好きなキャンデー”という触れ込みでアメリカで大ヒットしたキャンデー」
「はあ、でも、そのキャンデーが・・・」
「その子、その集団焼身自殺の生き残りの子ね、渡辺珠樹っていうんだけど、ETが好きでね。・・・自分が異郷に置き去りにされたETだって言いたかったのかなあ。わたし故郷グリーンプラネットから置き去りにされたみなしごなの、みんな助けに来てよみたいな意味なのかなあ」
「え、でも、そのキャンデーがいるってのは・・・、サキさん持ってきたんですか、そのリース何とかってのを」
 ぼくがそう言ってサキの方を見ると、サキは指でピストルを作ってぼくに向ける。
「え、何?オレ?」
 ぼくは頭を動かしながら自分を指差す。
「ロス・オリンピック行った競輪選手ってほかにいる?あなたしかいないでしょ?リース・ピースなんでしょ、あなたは珠樹にとって。まったく、どこがリース・ピースなんだろうねえ」
 サキは失礼にもぼくの顔をじろじろ覗き込む。
「川瀬達造はサン・フェルナンド・バレーの森に撒かれたチョコレート・キャンデーなのよ、何だか分からないけどね。で、あなたの復帰後初戦があの昔の事件のあった紀ノ川かわっぷちの競輪場だっていうし、こりゃ、ET出てくるぞなーんて思ってね、ふふふ、あんたの出るレースの前後にスタンドうろうろしてみたんだけどね、でも見当たらなかったね。・・・やっぱりこのチョコレート・キャンデーじゃ無理なのかな」
 サキはまたぼくの顔を覗きこんで言う。
 水量が多く巨大運河のような作りになっている紀ノ川下流にまた一陣の風が吹く。河口の方から川面全体に水紋が出来て、それが午後の光を浴びてキラキラ輝く。運動公園として整備された河川敷の手前、こちら側の土手の一部からグラウンドにかけてコスモスが咲いている斜面があって、その川風にザワついて赤やピンクや白色の花の波が出来る。
「ぼくが最近知った女に、それによく似た人がいます」
「え?」
 サキがぼくを見る。サキの短い髪も川風に乱れている。
「でもその女は北海道の出身だと言ってました」
「北海道のどこ?」
 サキは髪を手で押さえながら聞く。
「風別だとか言ってましたけど」
「風別?」
「石狩平野の風の街だとか言ってましたけど」
「風の街?」
「十年前、ぼくはその女が北海道に帰るときに、甲子園から伊丹空港までチャリンコに乗せて送っていきましたから。風別実業高校っていう学校が甲子園に出てて、応援団の一行にはぐれたんだって言ってました」
「飛行機乗るところ見た?」
「は?」
「その子が伊丹空港から飛行機乗るところ見た?」
「いや、急いでるからここでいいって言って、ANAのカウンターの前で・・・・・・」
「チアガールの格好してなかった?」
「は?」
「そのとき、その女の子、チアガールの格好してなかった?」
「ええ、その風別実業高校のチアガールだって言ってましたから、チアガール・ユニフォームの胸のところにローマ字で“FUBETSU”って入ってました」
「チアガールって飛行機乗るときまでユニフォーム着てる?」
「え?」
「着ないでしょ、普通。試合終わって帰るときには着替えてるでしょ。そのチアガール、甲子園のAー13番ゲートの前にいなかった?」
「ええ・・・」
「Aー13番の前のステップに、こうやって膝抱えて座ってなかった?試合なんかとっくに終わってるのにチアガールのノースリーヴのユニフォーム着たまま」
 サキは突然、土手道に膝を抱えて座ってみせる。
「・・・・・・」
「Aー13番はあの子の定位置なのよ、川瀬さん。・・・風別実業高校なんて、そんな高校、甲子園出たことないわよ」
 サキは膝抱えたまま、こっちを見上げて言う。
「え?」
「だいたいそんな高校はハナから存在してないの。それだけじゃない、北海道に風の街、風別なんてところはありゃしないのよ、そんな風の街なんて甘っちょろい街がある訳ないじゃないの。地図見てごらんなさいよ」
 サキは立ち上がって、またぼくにグイと近寄る。
「え」
「あの女は伊丹空港のANAカウンターから、あなたが帰ったのを見計らって、またUターンして甲子園に戻ったのよ。そしてまた北海道や東北の高校が甲子園で負けると、あの女はチアガールのユニフォーム着てAー13番ゲートに座るの。膝抱えて、“わたし北の国に帰らないと”と言って震えるの。真夏に震えるのよ。少しは頭使えって感じよね」
「・・・・・・」
「その女よ、わたしの探してる渡辺珠樹は、川瀬さん。・・・北海道風別の出身なんかじゃない、この和歌山の、あそこに見える紀伊山地の奥、鳴滝村の出身よ」
 サキは紀ノ川の反対側の遠くに霞んでいる山並みの方を指差した。
 それからサキにうながされ、川向こうの白蓮河原に行ってみることにした。サキの話では白蓮河原ももうじき全面整地される予定だという。かろうじてかつての事件の痕跡が見えるのもあと数ヶ月ということになる。
「わたし、一時期このへんで仕事してたことがあってね」
 サキは前に立って歩く途中、振り返って話す。
「ケアする仕事よ」
「ケアする仕事?」
「そのころ、解散したオーデンセの会の元会員の人たちにも少しかかわったの」
 和歌山競輪場の裏、鉄砲場河川敷から少し下ったところに北島大橋という全長三百メートルほどの大きな橋がある。川向こうの加太岬からさらに北の大阪に向かう片側二車線の国道が通っていて、その両側にひと二人通ればいっぱいというような申し訳程度の歩道が付いている。アルミ製の欄干の丈も低く、川風を浴びて、さらにダンプカーが横を通ると、この巨大な橋が揺れているのが分かる。
 ぼくはちゃりんこダビデとまで言われた(というか、自分で言っている)男である。競輪バンクなら四十度カントの最上段でもスタンディング両手放し出来る男だ。でもこういう十数メートル下に川があって、しかもすぐ隣をびゅんびゅんトラックが走っているところはいけない、何と言うか、危ないやろ。ぼくは片手をアルミ製欄干に置き、もう一方の手でキャリーバッグを支えて歩くから自然にいざるような体勢になってしまう。我ながら不本意だ。
「おい、ちゃりんこボディビルダー」
 前を歩いているサキが、ぼくが遅いのに気づいて振り返り、呆れた声を出す。
「フンコロガシの後ずさりか!」
 偉そうにそう言ってサキは踏ん反り返る。悔しい。悔しいけど、でも危ないやろ。天下の紀ノ川最下流に掛かる橋なんだから、せめて欄干だけでも高くしたらどうだ。これじゃ身を乗り出しただけで落っこちるだろ。年間数百人は転落死してしていても不思議じゃない。キャリーバッグ抱えながらようやく橋を越える。情けないことだが、苦難の橋越えだった。向こう側にESSOの看板のガソリンスタンドが見える。そういえばテツも昔、北島大橋のガソリンスタンドでバイトしていたと言っていた。あのESSOのことだろうか。昔は一面のすすきっ原だった白蓮河原もいまは整地されていて、半分は河川敷運動公園になっている。その公園とすすきっ原の間の細道を通って川っぷちまで行き、整地のために草を寄せ集めた所にキャリーバッグを立て掛ける。
「このあたりよ、川瀬さん、焼身自殺があったところは。もう二十年近くも前の話だから、ずいぶん河原の形も変わったし、近所でも覚えてる人は少ないけどね」
 サキは手を出してすすきの原っぱの草の切れ目のあたりを指し示す。そのあたりに近寄ってみるが、事件の痕跡らしきものは何もなく、ただ周囲には茫々とすすきの白い穂がさざなみを打っているだけだ。
「わたしは彼女の望みをかなえた」
 突然うしろのすすきの間から声がした。兵藤清之助だった。おっさん、どうしたんだ、なんでこんな所にいるんだ。しかもすすきの穂に隠れて。どういうことだ。
「わたしはケアする男だ、兵藤清之助はケアする男だ、ボール、ロウ」
 何なんだ、大きな声を出して。あんたは時代劇の待ち伏せ浪人か。
 清之助は顔を右に落とし、右手も下げて“低い”をアピールする。“ボール・ロウ”のポーズだが、残念ながら腰から下はすすきに隠れるので細かい演出はよく分からない。だいたいこんな所まで来て、なんで“ボール・ロウ”なんかやるんだ。
「何だ、兵藤さん、何しに来てるんだ」
「何だとは何だ」
「何だとは何だって、何なんですか、こんなところまで来て」
「何だとは何だって何なんですかって、何だそれは。そんな同語反復はこの甲子園のケアマネジャー・兵藤清之助には通用せんと言うとるだろうが、ファール・チップ」
 兵藤はまた両手を広げたあと、片手の平を片手で擦るファールチップのジェスチャーをする。それからまた思い直したようにぼくの方を見る。訳が分からん。サキと示し合わせていたのか?競輪終わりのぼくをサキが待って、ぼくをここに連れてきて、おっさんがいてという、そういう手はずだったのか?それにしても、なんですすきの穂に隠れている必要があるんだ。堂々と競輪場の通用門で待ってりゃいいじゃないか。この河原で待つにしたって土手の上にいりゃいいじゃないか。こんなすすきの穂の中で顔擦られたり、虫に刺されたりしたながら待って、これじゃまるで、子供会の肝試しでシーツかぶって待っているオバケ役のおじさんじゃないか。
「川瀬、お前は阪神甲子園パークにいたレオポンを見たことがあるか?」
「は?」
「レオポンだ、レオポン」
「レオポンて・・・・・・」
「レオポンを知っているかって聞いてるんだ」
「はあ・・・・・・、レオポンて、あの?」
「あのレオポン?レオポンにあのレオポンも、このレオポンもない。レオポンはこの世にたった五頭しか生まれず、既に全頭この世を去った。すべていまオレが兵藤アンパイヤ・センターとして使っているあのオリでの出来事だ」
「あのオリって、あれは孔雀のオリじゃないのか、スサノオ神社が飼ってた孔雀の」
「スサノオ神社が孔雀飼っていたのは終戦直後の話だ、そんな古いオリ、ボロボロで使える訳がなーい」
 清之助はそう紀ノ川の川面に向かって叫び、それから首をひねって「どうだ?」という感じでこっちを見る。見られたって困る。応えようがない。
「五年前のことだった。オレは阪神パークでまるで名残を惜しむように放置されていたレオポンのオリに目をつけた。レオポンの遺影を拝むようにと動物園側が写真だけ飾っていたレオポンのオリに、オレは毎日出向いて涙を流した。あまりに涙を流すので、レオポンのオリの前には日照りでも水たまりが出来たぐらいだ。涙の溜池だ。それを訝しんだ阪神パークの飼育課長が事情を訊いてきた。思う壺だった。オレは見事にレオポンのオリをゲットした」
 兵藤はまた得意そうにこっちを見る。何なんだ、そんな、死んだレオポンのオリをゲットしたぐらい、何が偉いんだ。
「オリなんて何でも一緒でしょう、あんなアンパイヤセンターのオリなんて」
 ぼくは聞こえないように小さな声で吐き捨てたが、兵藤は「何!」と敏感に反応する。だいたいこのおっさんは、普段は人の話をまともに聞かないくせに、自分の悪口だと地獄耳のように聞きつける。おかしいぞ。
「そんなゴタクはレオポンの慟哭を知ってから言え。川瀬、お前知ってるいるのか、レオポンの生まれ落ちた定めを」
「いや」
 ぼくは即座に否定する。兵藤はぼくの答えが意外だったのか、「うう?」と小刻みに首を振ったあと、二、三歩こっちに寄ってくる。
「“教えて下さい”」
 ぼくを覗き込んで小さい声を出す。
「は?」
「“いや”じゃなくて、“教えて下さい”」
「ああ、はあ・・・・・・、それじゃ、教えてください」
 ぼくはふてくされて言う。別に教えて欲しくはなかったが、こんなところで清之助といさかいする気にはなれない。
「そうか、そんなに知りたいか、・・・そうか、どうしてもか」
 ぶつぶつ言いながら俯きながら兵藤は元の位置に戻り、また川面を見て自分の腰に両手を据える。
「レオポンはヒョウとライオンの間に生まれた。奇跡の生殖動物だ。ミラクル、セックス、“ェア”ーニマルだ」
 アニマルの“ア”をことさら上下の唇ひん曲げて発音する。発音したあと“どうだ”という感じでこっちを見る。ぼくはそれは無視して、ただあたりのすすきっ原をゆっくり眺める。
「いいか、達造。メスライオンは体重二百二十キロ、甲子園の“園”と書いてソノ子と呼ばれた。オスのヒョウはキネ男、甲子園の“甲子”と書いてキネと読ませた。安易な命名だ。ほんとにただのワンアクションのひねりすらない。・・・・・・いやまあ、そんなことはいい。そんなことはこの際どうでもいい。いいか、このヒョウのオス、キネオは体重、何キロだと思う、川瀬達造」
 そう言って清之助はこっちを見る。
 ぼくはそれでも焼身自殺事件の痕跡を探そうとあちこち見ていたが、清之助に見られると何か反応しないといけないかと思う。「さあ」などと言って首をひねってみせる。我ながら悲しい習性だ。
「いいか、川瀬達造、オスヒョウのキネ男はわずか八〇キロ、メスライオン・ソノ子の三分の一だ。ひとたびソノ子が振り向いてガッとキバ剥きゃ背中に乗ったキネ男の命はひとたまりもない。命がけのセックスだ。フェイタル・ファックだ。梅川・忠兵衛の飛脚屋交尾だ。いいか、でも問題はここだ。その命がけのセックスにヒョウのキネ男を向かわせたのは何か。なんだと思う。コロビの達造」
 清之助はまたこっちを見る。なんでおっさんなんかに「コロビの達造」なんて言われなきゃいけない。すき好んで転んでる訳じゃねえ。
「分からんようだな、発情したメスヒョウをキネ男にあてがうんだ、川瀬達造。キネ男が“うーん、もう、いやらしいなあ、もうやっちゃう、オレ断然やっちゃう”と本気になったとき、そのヒョウのメスをさっと引き上げ、代わりにライオン・ソノ子のオリへの通路を開ける。男は悲しい。人間も悲しいが、ヒョウも悲しい。“もうこの際ライオンでも何でもいい、ちょっとグラマーなヒョウだと思えばいいんだ、オレやっちゃう”とソノ子の背中に突進する。まるでシャブ中の特攻隊だ。ええじゃないかの桃井かおりだ。死の恐怖を発情が上回る。阪神甲子園パークではこのオスヒョウを発情させる役目のメスヒョウをレオポン女と呼んでいた。わたしはレオポンのオリの前でこれしかないと思った」
 兵藤はそこで言葉を止め、こっちを向いてニヤリとする。すすきの波の上で黒いヨレヨレのコートと長いざんばら髪が川風になびいている。笑うと普段以上に上瞼が垂れて、さっきから思っていたが、これはつまりジョージ秋山のデロリンマンだ。
「川瀬達造、残され、見捨てられた者は幸せだ。不幸の主人公を体現できる。昭和四十四年夏、太田幸司を彩った土之下沢次郎には背徳の痛みが残った。延長十八回裏、カウント・ツー・スリー、あれは完全にボールだった、完璧な押し出しサヨナラと土之下も、スタンドの観客も、テレビ見ている日本全国三千万の視聴者もそう思った。そのときオレはおもむろに右手を掲げる。ストライク、バッター・アウト! 晩夏の日輪を突き刺す高い高いストライクだった。土之下は責められた。前に転がしさえすれば、バットに当てさえすればスタートを切っていた三塁ランナーはホームインできたのに、なんで木偶の坊のようにただ突っ立ってるんだと非難された。土之下は太田幸司という帝政ロシアの末裔、米ソ冷戦史の烙印を一躍日本のスターにした。悲劇のヒーロー太田幸司を演出した。土之下、お前は偉大な仕事をしたんだ、泣くなとオレはやつの肩を抱き、あの女を見ろとバックネット裏最前列の女を指差した。オレは土之下のために、淡路島の斜面にへばりついて牛を飼っていた女を呼んでいた。近所の酪農男たちの“憩いの広場”と呼ばれ、タネ牛すら犯していたと噂された淡路南淡町のホルスタインを呼び寄せていた。“どうだ、あのチチ”と土之下に聞いたとき、女はラスベガスのポールダンサーのように立ち上がり胸をブルンブルン振ってみせた。土之下はただ俯いていた。しかしその頬の紅潮をオレは見逃さなかった。男たちに癒やしを与えるこのムチムチおばちゃんが、南淡町にその名を轟かしていた淡路島のレオポン女、水本サキだ」
 兵藤ははためいている黒いコートの腕をさっと伸ばし、ぼくの隣にいた水本サキを指差す。
「どうも。南淡町のホルスタイン、水本サキです」
 サキは胸を持ち上げ、垂れた胸をゆさゆささせながら会釈して「カチワリいかがっすかぁ、ビールいかがっすかぁ」と甲子園の売り子の口上をすすきっ原に響き渡る大声で口にする。
 しかしそのサキの声を聞いたとたん、それまで唾飛ばして熱弁ふるっていた清之助がなぜか静かになり、俯く。ちらっと横を見ると、下唇を噛んでいるようにすら見える。どうしたんだ。
 すすきっ原を揺する紀ノ川渡りがまた吹いてきて、清之助の白髪混じりの長髪をなびかせる。なぜか絶叫したサキも静かになった。
 川に向かって三人、右側の清之助と左側のサキが静かになり、訳の分からない長広舌にも困るが、両側で黙られるのも辛いものがある。
「でも兵藤さん、ここに来たのはなぜ・・・・・・」
 小さい声で言ってみる。でも聞こえなかったか、清之助は答えない。
「所長、そろそろこの紀ノ川白蓮河原にまでやってきた理由を言った方がいいんじゃないでしょうか」
 サキが突然顔を清之助の方に向けて聞く。
「うん?」
 清之助が顔を上げてサキの方を見る。
「青森の六戸(さんのへ)海産物高校のチアガールが一人行方不明になっている噂、あれを川瀬さんに話しておいた方がいいんじゃないですか」
「ああ、あれか」
「何かあったんですか、チアガールに」
 ぼくも気になって清之助に訊く。
「ないこともない」
「何ですか、何があったんですか」
「川瀬達造、きみは平成四年夏の甲子園を覚えているか」
「平成四年・・・・・・」
「平成四年だ、平成三年でも平成五年でもない」
「そんなことは分かってるけど・・・・・・」
「平成四年第七十四回全国高校野球選手権大会二回戦、結果的には石川星稜高校のこの年最後の試合になった・・・・・・」
「星稜高校って、あの松井秀喜がずっと敬遠され続けた試合ですか、・・・・・・でもそれが何ですか?」
「何ですかとは何だ、ファウルボール!」
 清之助は両手を大きく上に広げる。
「それがチアガールの件と何か関係があるんですか」
「ストラーイク、スイング、スイング、バッターアウト、ノー、ノー、ノー、一塁塁審になんか聞かなくても分かる、スイングアウト!」
 清之助は手を振って見えないバッターを叱責し、手首を回してバットスイングをアピールする。
「あるんですか?」
「ストライク、バッターアウト!」
 清之助はまた下から上へ直立インサイドアウトのストライクポーズを取る。
「あるんですね」
「ストライク、アウト!」
 清之助は抗議を受け付けない毅然とした態度でストライクを宣言し続ける。
「おっさん、ええ加減にせえよ」
 ぼくは頭に来て清之助の尻に蹴りを入れる。
「アタタタタ、分かった、乱暴はよせ、・・・分かった、本当のことを言う、実は・・・」
「実は何ですか?」
「実はキミ、あの敬遠を成立させたのはこのわたし、兵藤清之助だ」
「何ですか?それ、どういうことですか?」
「高知のピッチャーが敬遠したのは最初の二打席だけだった。三打席目からははビュンビュン、ストライクを投げ込んできた。オレはわざわざ審判用マスクを外してマウンドまで行った。“どうしたんだ、ストライク投げてるじゃないか、相手はあの星稜の松井秀喜だぞ、分かっているのか”と聞いた。“ストライクが投げたい、オレはストライクが投げたい、オレはボールを投げるために桂浜で黒潮に洗われながら毎日毎日血ヘド吐く練習してきたんじゃない”とピッチャーはそう泣いとった。“おい”とオレは低く唸った。“お前、国の母さんは元気か、お母さんはそんないっときの自暴自棄でストライクを投げるような子に育てたんじゃないだろう、お母さんに、ああわたしは素晴らしい息子を持ったと誇りにされたくないのか”とオレは観衆に聞こえない低い声で脅した、ストラーイク!」
 清之助はまたインサイドアウトで右手をかかげる。
「それ、つまり、あのですね、その松井敬遠の話は前にも聞いたことがあるんと思うんですけど、それ、チアガールの件と、何か関係が・・・、え?まさか」
「川瀬達造、そうだ、そのまさかだ、この際だから思い切って言ってしまおう。昭和四十四年夏、いまも高校野球史に燦然と輝く松山商業とファントム三沢の決勝戦、決勝戦史上初の延長十八回引き分け再試合、思い切って言ってしまおう、この全国三千万高校野球ファンの感涙を絞り、胸の鉦鼓を打ち鳴らした伝説の試合を作ったのもこのわたし兵藤清之助だ、プレイボール!」
 清之助は右手の平を前に差し出して叫ぶ。
「それもついさっき聞いたじゃないですか、試合を作ったっていうのはつまりどういう」ぼくはいらいらして口を挟む。
「そうだ、そのつまりだ、わたしはあの昭和四十四年夏、大会を前にした組み合わせ抽選会のあと、審判部を代表して全選手にこう訓辞した。よく甲子園は筋書きのないドラマだと言われる。いいか、諸君、先輩たちが築いてきたこの伝統を台無しにするな。諸君は今日から筋書きのないドラマという筋書きを書く。バッターボックス入る前にどうすればと悩んだら、どうやったら筋書きがないように見えるかを考えろ。三振するのが筋書きのないドラマか、ヒット打つのが筋書きがないドラマなのか、たとえ逆転ホームラン打ったにしてもダイヤネンド一周する間に“これってひょっとして筋書きのあるドラマになったんじゃないだろうか”という疑念が沸いたら躊躇なくベースを踏み忘れろ。“ああ、折角逆転ホームラン打ったのにベース踏み忘れだ、全く甲子園では何が起こるか分からない、まさに筋書きのないドラマです”とアナウンサーが絶叫してくれる。筋書きのないドラマの分からない、筋書きのあるドラマしか作れない、そんなただの木偶の坊はいますぐこの甲子園から去れとな、ストラーイク!」
 清之助はまたストライクの姿勢を取る。
「ビールいかがっすかぁ、カチワリいかがっすかぁ」
 サキもまた兵藤を無視し、口癖の口上を言いながら歩き出す。これは多分“ストライク”の声を聞いたときの条件反射なのだ。
「何言ってんだ、あんたたち、こんな所まで来て。さっぱり分からん」
 ぼくは頭に来て、まだ「ストラーイク!」「ストラーイク!」と怒鳴って右手を上げ続けているおっさんの横に行く。
「少しは訳の分かることを言えっちゅうんじゃ!」
 ぼくは猛然とおっさんの首を絞めにかかる。これでも漫然と筋トレしてきた訳じゃない。並の絞めじゃないぞ。
「あ、わ、分かった、ぼ、暴力はやめろ、暴力はんたい、暴力は民主主義の敵、ほ、ほんとにやめろ、わ、分かった、心底から分かった」
 ぼくが手を離すと、おっさんはフウ、フウと息を吐く。
「か、川瀬達造、お前、口は堅いか?」
 おっさんは首を押さえながら顔だけこっちに向けて言う。
「え、まあ、人はオレのことを競輪界のカタクチイワシと呼びますが」
「カチワリいかがっすかあ、ビールいかがっすかあ」
 サキはまだ叫びながら回っている。
「そうか、じゃ、お前を信じて話す。いいか、絶対ここだけの話だからな、プレイボール!」
 清之助は周りを見回して右手を突き出して大声を出す。
「プレイボール!プレイボール! しかし“プレイボール”と言ってるってことも、誰にも言っちゃだめだぞ」
 清之助はなおもぼくに念を押す。
「さっさと言え、おっさん」
 ぼくは頭にきてまた清之助の首を絞めにかかる。
「わ、分かった、は、話す、話すから」
 清之助は片手で首をガードし、片手でぼくを制してようやく話し始めた。
「今年の夏のスタッフ総括会の席上、大会運営委員長から青森の六戸(ろくのへ)海産物高校のチアガールが一人行方不明になっているという報告があった。ああ、わたしはこう見えても今でも高校野球選手権の場外スタッフの一人だからね、ははは。スタッフ総括会には毎年出席している、ははははは」
 ぼくはまた睨むと、おっさんはまた慌てて俯いた。
「青森県代表六戸海産物高校はホタテ素潜り科に少し女子生徒がいるだけだ。今回の甲子園出場の応援団編成にあたり、隣町の八甲田雪中行軍女子高校にチアガールの助成を頼んでいた。一回戦、対PLO解放学園との試合のとき、六戸海産物高校応援、一塁側アルプススタンドには確かに十二人のチアガールがいた。六戸の海のマリンブルーに八甲田の紅葉の赤のラインを入れた新調のノースリーブを着て踊っていたのは、確かに十二人だった。しかし青森空港に着いて、“ごくろうさんだがゃ、ごごで解散するに当たっで、応援団長のエールさ合わせて、もう一回だけ踊ってぐんねぇが”と校長が頼んだとき、チアガールは十一人しかいなかった。海産物高校のホタテ素潜り科の女生徒は“雪中行軍女子高校が一人たりねぇ”と言うし、八甲田の方は“そったらこたねぇ、海産物ホタテ素潜り課の方こそ一人たりねぇんだ”と言うし、おかしな具合だった。“とりあえずマリンブルーに赤ラインのノースリーブを着たチアガールをそのへんで見つけたら、連絡して欲しい”という一報だけ大会本部に入れてきた。その電話を取ったのは、ふふふ、実はこのわたしだ。いや正直言うと、“余ったボールない?山ちゃん、アンパイヤセンターで使うんだから、実際には打たないんだから、ほら、縫い目がほつれてても、泥が付いていてもいいのよ、あるでしょ、そんなボール”と、そう低姿勢に言って、三十年間高校野球の筋書きのないドラマを演出してきた、この甲子園の蜷川幸雄とまで言われた男がそう膝を折り、もう七重の膝を八重に折ってお願いしているというのに、やつら無視した。無視しやがって、そのときチラッと“こじき”という声も聞こえたような気もして、いやあれは空耳かもしれない、たぶん空耳だろうと思って“ねえ山ちゃん”と総務部の山本という男に再び頼んでると、今度はほんとに“こじき”という声が後ろから聞こえて、クソーッとカウンター跳び越えてそいつの襟首つかもうとしたとき、電話が鳴って、あはははは、あははははは、高野連もな、肝心の電話はオレが受けないといけないそういう定めの組織なっとるんだ、どうあがいたってオレが本部にいないとやっていけない運命なんや、結局はな、あははははははは」
 うまく話が続いていると思ったら急に落ち込んで、すぐまた怒り、そのうち意味不明の笑いを浮かべたりして、清之助の話はやっぱりよく分からず、ただぼくは唖然として清之助の横顔を見る。
「川瀬さん、わたしが話しましょう、所長はこの話をし始めるとどうしても興奮してしまうから」
 サキが清之助と反対側から言う。
「あまり表立ってはいないんだけど、実はここ数年、夏の大会のあと“わが校のチアガールが一人行方不明だ”とか“敗退し、すでに地元に帰っているはずのどこそこの高校のチアガールを見かけた”という連絡が大会本部に入ることがあるらしいの。特に北の方、北海道や東北地方の高校のことが多い。別に家族から捜索願いが出される訳でもないし、犯罪や事故の兆候があるわけでもないので、大きな問題にもならず、秋になる頃には何事もなく終わることが多い、少し気になるところもあると運営部長はそう言っていたらしい。わたし、この話を聞いたとき、その青森のチアガールって、もしかして一回戦、PLO解放学園に三十二対〇で負けたときに熱中症で救護室に運ばれてきたあの子じゃないかと思ったの。わたし、ほら、大会期間中は救護本部に詰めてるから」
「え、サキさんて看護婦なんですか?」
「うふふふ、看護婦じゃない」
 サキは微笑みながら首を振る。
「え、でも救護本部に詰めてるというのは・・・・・・」
「ケアよ、所長とわたしはケアするコンビだから、ねえ所長、ふふふ」
 サキはそう言って清之助のところに寄って腕を組む。ぼくはまた「分からん」と頭を振って呟く。
「“わたスもう青森には帰らねえ、PLO解放学園には血も涙もねぇのか、あれじゃテルアビブの機銃一斉掃射みてぇな無差別攻撃じゃねぇが”と、そう喚きながらそのチアガールは運ばれてきた」
 所長から腕を離し、担架の上で喚く女の真似をする。
「ストラーイク!」と突然清之助が右手を高々と上げた。「きっとその女だ、チェンジ!ハリーアップ!」と右手を突き出して言う。
「所長、もういい加減やめましょう」
 サキがそう言いながら元に位置に戻ってくる。
「・・・・・・う?」
 右手を突き出したままの清之助が硬直する。
「そんな訳の分からない喚きはやめて川瀬さんに頼みましょう。心底打ち明けて、この川瀬さんにお願いしましょう」
 サキがまた静かな声を出す。
「川瀬さん、この兵藤さんという人は甲子園で三十年審判をやってきた。関東の西大立目(にしおおだちめ)、関西の兵藤と並び評されるほどの名物審判だった。でも十年前クビになった。あの石川星稜松井秀喜に対する五打席五フォアボールのときの不可解な判定に高野連が疑惑を感じ、裁定を下した。・・・いや、真実はそうじゃないかもしれない。“高校生が五敬遠なんて”という世間の非難を交わすために、高野連がスケープゴートとして兵藤さんを使った、たぶんそういうことだったんだと思う。でも兵藤さんは高野連からそんな理不尽な仕打ちを受けても、甲子園の審判にこだわった。もう一度復帰したいと思った。いまもそう思っている」
「いや、そういう・・・」
 清之助が何か言いたそうに言葉にならない声を出す。清之助の方に気をとられるぼくの袖を、サキが「いいの、気にしなくて」と言いながら引っ張る。
「兵藤さんは自分の言いたいことを素直に言えない人だから。一種の言語障害なのよ。それは川瀬さん、あんたも分かってたでしょ?」
 サキは川面の方を向いたまま言う。
「あ、はい、・・・・・・あ、いや」
「セーフ」
 清之助は右手を水平に広げて(たぶん左手は審判プロテクターを抱えている体なのだろう、脇腹のあたりに不自然にひっつけている)小さく言い、すすきの穂の方に一、二歩近づく。
「きみのブロックの間にランナーのつま先が入っていた、わたしはこの目で見た、いったいキミはわたしを誰だと思っとるんだ、甲子園のニカウさんだぞ、ホームベースの後ろからセンター選手がマニュキュアしているのすら見抜いた男だぞ、視力四・〇の超透視男をなめんじゃねえぞ、あーん」
 清之助はセーフの体勢のまま、すすきの穂に向かってブツブツ言う。
 サキはその様子を無視してぼくに話を続ける。
「兵藤さんはね、あ、ストライクだなと思っても、でもほんとにストライク?いまここでストライクって言ったらどうなるの?とか、一瞬のうちに色々考える、そしたら、あ、考えちゃいけない、アンパイヤたるもの、毅然としてなきゃとかってまた考えて、あ、考えてはいけないってことを今考えてしまったなとかってまた考えて、もう何が何やら分からない、ただやけくそになってストラーイク!ってとてつもない大声出して、あれは毅然としたコールなんかじゃない、逆上なのよ、逆上アンパイヤなのよ、兵藤清之助っていう人は」
「ファールボール!」
 清之助は目の前のすすきの穂に向かって小さく声を出し、両手を上で広げる。
「甲子園球場の近くにいて、あんな意味不明のアンパイヤセンターなんかやってるのもそのためなの。ちゃんと言えないからね。“わたくし、甲子園周辺において高校野球のトラブルを未然に防ぐ黒子、神聖無垢な甲子園高校野球のイメージを保つ組織外スタッフとして動いております”って、そんなこと言いに行ってんのよ、高野連公正室に。場外調整員という意味不明の役職、給料も出ないボランティア仕事についたとか言って、何か不穏なことがあれば、それをつぶしにかかり、それを手土産に高校野球審判への復帰を目指すことを目論んでいる」
 サキはそう言って兵藤の方を見る。兵藤はさっきまでの勢いはどこへやら、俯いたまま、こっくりうなずく。
「川瀬さん、頼みます、高野連が困って手を焼いている似せチアガールを探してくれませんか。あなたのところに来たら、わたしたちに教えてくれませんか。もしそのにせチアガールを見つけて保護することが出来れば、兵藤さんはまた甲子園に戻れるんです」
「タイム、デッドボール」
 サキのぼくに対する言葉に反対側のデロリンマン清之助がコールする。紀ノ川渡りの風の中で髪をなびかせて両手を広げている。
「松井秀喜の五打席五敬遠の悲劇を演出した大河原哲二郎には、兵藤さんはAー13番女、見捨てられたチアガール渡辺珠樹を与えた」
 清之助の意気地なさを鼓舞するように、サキが大声を出した。
「大河原哲二郎?」
 ぼくは驚く。
「そうだ、大河原哲二郎だ、・・・・・・うーん、オレはケアするアンパイヤ、ひょ、兵藤清之助だあ!」
 清之助はこっちに顔を向け、また生気を取り戻して大声を張り上げる。
「大河原哲二郎・・・・・・、テツは一回戦で負けた、それも補欠投手で一度もマウンドに立たないうちに負けたって言ってたけど・・・・・・」
「そうか、大河原はそんな風に言ってんのか、あのちんちくりんの策士は。人に見掛けによらんもんやな。あんなハエ一匹殺せんような純真男のような顔してるくせに」
「テツか・・・・・・」
「川瀬達造、いいか。松井秀喜の石川星稜が高知明徳義塾と戦う前の日、オレは高知の監督から相談を受けた」
「うん?」
「高知の監督がオレに相談してきたんだ」
「相談て・・・・・・」
「不思議か?ははははは、相談は不思議か?ははははは、そんなこと、川瀬達造、全く不思議でも何でもない。大会前の各校監督ルール打ち合わせ会のとき、オレは毎年、帰りの出口で声を掛ける。“監督さんたち、困ったことがあればいつでも相談に来なさいよ”もちろん満面の笑顔だ。もうこぼれ落ちるような笑顔だ。彼らはこの笑顔に癒される。高校球児が甲子園で緊張するなんていうけど、実は彼ら監督が一番不安なんだ。球児はアマチュアだが、監督はプロだからだ。これをケアしてあげなくて、何がケアか。ここまでケアできる甲子園演出家は、世に野球審判多しといえども、もちろんこの兵藤清之助一人しかいない」
「・・・・・・」
「いいか、川瀬達造。高野連の作成した全国高校野球選手権『審判心得』には、その第一章第一項の冒頭に何が書かれていると思う?」
「何が書かれてるんですか?」
「・・・・・・あのなあ、川瀬」と清之助が顔を近づける。「“何が書かれていると思う?”“何が書かれてるんですか?”は問答として成立しているように見えて、実は何も進展しとらん。単なるトートロジーだ。同語反復だ。“犯罪を犯したんですか?腹痛が痛むんですか?落馬って馬から落ちたんですか?”って、そんなアホな質問するアーパー女がおるやろ。“ユキはね、なーんにもにも分からないの”とか言って、出もしない涙のために目頭押さえるアーパー女が。“ガラパゴス島で最も適応した動物はガラパゴスゾウガメだ、最も子孫を多く残しているから。適応?適応ってのは、お前、最も子孫を多く残すことじゃないかって”って、ダーウィンはそう言ったんだ、トートロジー、チャールズ・ダーウィンはそう言った。つまりそういうことだ」
「何言ってるんですか、兵藤さん・・・・・・、分かりゃしません」
「・・・・・・あのな、つまりな、川瀬、何が書かれてると思うと聞かれて分からなかったら、分かりませんって、それしかないやろ」
「分かりません」
 ぼくはやけくそのように言う。ほんとに一々ややこしいおっさんだ。
「分かりません、ごめんなさい」
「は?」
「ついでだから、“分かりません”のあと、“ごめんなさい”って、こうアポロジャイズな言葉を付けてくれる?」
「はあ?」
「うーん、しょうがないなあ、・・・・・・じゃあまあいいや」
 清之助はそう言いながら、ぼくから顔を話す。
「審判は試合の最大の演出家である」
 また直立して川面の方を見ながら、訳の分からない大声を出す。
「はあ?」
「演出するのが、審判の使命だと、こう高野連の『審判心得』は言っているのだ」
「・・・・・・」
「しかし、いいか、わたしの場合はただの演出家ではない。作・演出家だ。芝居全体を統括するには作・演出の人間でなければならない。そして統括するにはまず役者の心情を理解し、リラックスさせてやること、これが出来なければ真の作・演出家にはなれない、ふふふふ」
 清之助は顎を引いてこっちを見る。
「高知の監督は青ざめた顔でやってきた。“うちのピッチャーが松井の敬遠を嫌がっとるんです、勝負したいなどと言うとるんです、それが青春だからなんて、つまらん青春ドラマなんぞに毒されとるんです、ほんと困っとります”“そうですか、それはいけませんな、ははは”とオレは答えた。もちろんここでも満面の笑顔だ。何よりこの笑顔が甲子園に向かう不安いっぱいの監督たちを安心させる。“監督さん、もしどうしても勝負するというような、そんな舞い上がったピッチャーだったら、交替させます。いや、監督の指示じゃなくて、わたしの権限で交替させます。どうぞ気を楽にしていて下さい。わたしの知り合いの四球要因のピッチャーを一人こっそりベンチに入れておきましょう。いや、いるんです、敬遠のためにだけ特別練習してきたピッチャーが。いまは和歌山でコスプレサロンの呼び込みをしていますがな。いや、やつの夢はいつも甲子園ですから、大丈夫です”そう言ってオレは監督を安心させた。“そいつ、いつもいつも敬遠の練習をしております。ほんとに見事な敬遠四球をやります、PL学園・清原和博のときも、浦和学院・鈴木健のときも、帝京・吉岡雄二のときも、やつは見事な敬遠をやりました、あの芸術的敬遠をぜひ見ていただきたい”とオレは胸を叩いた」
「何だ、それ・・・・・・」
「松井秀喜の第三打席、高知のピッチャーがやけになってストライクを投げ始めたとき、オレは忖度(そんたく)なくピッチャー交代を告げた。大河原もその数年前、初めて敬遠ピッチャーを請け負ったころは“勝負したい”などとぬかしおった。“フォアボール出すために毎日血へど吐いて投球練習してきたんじゃない”と聞いた風なことを言っていた。しかしまあ、あいつらどうしてそんなにボキャブラリーが少ないんだろうか。大河内でも高知のピッチャーでも、甲子園で敬遠するピッチャーは必ず同じ言葉を言う。野球ばっかりやってて本読んでないからなあ、あいつら。ほんとに悲しいことだ。“勝負したい、フォアボール出すために毎日毎日血へど吐いて練習してきたんじゃない”ってダメだ、あいつら判で押したように“血ヘド”と“地獄の練習”だ。その言葉しか知らんのや。・・・・・・オレはゴタク並べる大河原の首根っこ押さえてAー13番ゲート連れて行った。あの女はあそこで毎日、わたしを連れて帰ってって泣いとる。あのチアガールのフレアスカートの下からすらりと伸びた白い脚を見ろ。あの女はな、お前と同じ和歌山からやってきた女だ、ほんとに甲子園高校野球のために尽くす男の中の男を探すために、お前と同じ紀伊山地の奥深くからやってきた女だ、大河原哲二郎、お前は自分一人のためにストライクを投げる気か、あえて、あえて反フェアプレイ球児の汚名を着て、甲子園野球の一ページを刻む気なのか、どっちなんだとオレはドスを効かせた。それからだ、やつがオレの真意を理解して敬遠のためにピッチャーになろうと決意したのは」
「テツと珠樹はそういう出会いだったのか・・・・・・」
 ぼくは川面を見ながら小さく言う。
「“哲二郎、よく和歌山からやってきてくれた、また敬遠の腕を上げたそうだな、満員の観客の涙を誘う敬遠を、ふふふ、今日も一発頼むぞ”とそうマウンドで小声で囁いてから、オレはホームプレートの定位置に着くまでの間に大声を張り上げる。“大河原、死して甲子園の土になれ、お前は勝負優先の大人社会に翻弄されて無垢な命を落とす散華の投手だ、心ならずも松井に五打席五敬遠を行う甲子園の生け贄だ、死に水は甲子園憲兵隊長、この兵藤清之助が取ってやる、バッター、レディ!松井秀喜。全国五千万の青春愛好者のために、大河原、お前は死ね、それが甲子園の掟だ。チェンジ、ハリーアップ、チェンジ、ハリー!”大河原はなぜかあのとき泣いとった、PL清原のときも浦和学院鈴木のときも帝京吉岡のときも泣きはしなかったのに、あの松井秀喜のとき、大河原は泣いとった、泣きながらうなづいとった。・・・・・・大河原は高校野球選手権最高打者松井秀喜に対して、敬遠スペシャリストの名に恥じない見事なくそボールを投げた。“ボール、惜しい、ボール、フォアボール”オレはコールした。“石川の怪物・松井秀喜は非情な五打席五敬遠を受けて甲子園から去ることになったあー”オレは審判でありながら実況アナウンスまでやった、それぐらい客を感動させる審判だった、コールの上にアナウンスまでやって観客の血涙を絞り取ったのはオレ以外まったくの皆無だあ!」
「・・・・・・」
 クレーンを作りつけた浚渫(しゅんせつ)船が河口付近から北島大橋の下をくぐってゆっくり遡上していく。その引き波が午後の日差しをきらきら光らせながらこっちのすすき原の方に静かに伝わってくる。
 向かいに見える競輪場ではA級決勝戦が終わったんだろうか、堤防の上にゾロゾロと人が出て来ているのが分かる。
「達造、お前、いま大河原と一緒に生活しているらしいな」
 清之助はさっきまでの大仰な口ぶりが嘘のように、低い声で訊いてくる。
 ぼくはこっくりうなずく。
「なあ川瀬。八月、甲子園大会の終わったあと、オレたち、八番町県営住宅の月見里公園でインチキ予想屋に会ったよな。あの女、チラッと見て珠樹じゃないかと、オレとサキの二人は思った。男の方は、あれはたぶん哲二郎だよな、達造、お前は分かってたみたいだけどな。オレたちはあれから高野連から言われた今津浜総合病院に行った。そこで担当の看護婦はこう言った。“あ、その女の人ならもういませんよ。いや、退院ていうのじゃなくて、あの人、よくこの病院来るのよ、ちょっと来て、二、三日泊まって、気分がよくなったとか言って帰るの。別にどこが悪いとかってことじゃなくて、ちょっと訳の分からないことを言うときがあって、周りからお前おかしいんじゃないのかと言われることがあるらしいの、そうしたら、うん、おかしいかもしれない、病院行ってみるって自分で言うそうなのよ、で、ここへ来て、で、二日したら、先生のおかげでよくなりましたって言うし、もううちの先生もお手上げよ。・・・・・・チアガール?あの人が?あ、そういえば今回はブルーに赤のノースリーブ着てたけど、ああ、あれ、そう言われればチアガールのユニフォームよねえ、だけどあの人、もう三十四よ、いる?三十四のチアガールなんて”と看護婦はそう言って笑っていた」
「三十四か・・・・・・」
 ぼくはまた小さく言う。
「珠樹はあの年、松井秀喜のオッカケだった。松井さんのそのワイルドさがステキ、ああゴジラ、わたしのゴジラ、あなたのゴジラバットで思いっきりグジグジしてって、股グイグイ押しつけていった。過激な松井オッカケの中でも、一番のワイセツ女だって、高野連でも困っていた。はぐれ鳥なら自由に男を漁れると感じたんだ、あの女は。捨てられて、はぐれ鳥になって、故郷に帰った北の国の親たちに自分の居場所を何とか知らせようとする哀れなETを演じてたんだ。甲子園高校野球始まって以来の五打席五敬遠をしたピッチャーと、あの年、松井秀喜だけを目当てにAー13番のステップに座り込んでいたニセ・チアガールをオレがひっつけた」
「ほんとうか、ほんとうにあんたがそんなことやったのか、何の権利があって、あんたにそんなことが出来るんだ」
 ぼくは清之助に詰め寄った。
「ケアのためだ」
「ケア?それがケアか」
「ETはCIA科学捜査局のキーズに追われていると思っていた。エリオットの一家もそう思ってETをかくまった。その結果、ETは親元へ帰っていった。自分を見捨てて逃げた親、子供の居場所なんか初めから分かっているのに子供の方から連絡するまで知らん顔をしていた親の元へ帰っていった。ETは幸せか。ETのほんとに帰るべきところはどこだ、キャッチャー、インターフェア、テイク、ファーストベース、だめだ、ミットをバッターの横まで出しちゃあ」
「何言ってんだ、兵藤さん、あんた」
 ぼくは清之助の袖をつかむ。
「ETをキーズからかくまったエリオット一家はほんとにETを幸せにしたのか。キーズはETをケアする男だったのかもしれん。ETの帰るべきところは自分を見捨てた親の元じゃない、自分をケアするキーズのところだったんじゃないのか。なぜ、渡辺珠樹は逃げた。逃げて逃げて、いまも逃げ隠れしているのはなぜだ、なぜだ、川瀬達造、ストラーイク、バッターアウト!」
 清之助はぼくの手を振り払ってストライクの右こぶしを上げたが、清之助のストライクに力はなかった。清之助の目が少しうるんでいる。
「ETは迎えに来た親と一緒に故郷グリーンプラネットに帰って幸せだったか。ETのことを一番考えていたのはCIAのキーズだった。それがETに伝わらなかっただけだ。あんな傘やレコード盤使って薄情な親に電話しようなんて。電話ならオレにして来い、ET!」
 清之助は川面に向かって訳の分からないことを叫ぶ。それから紀ノ川下流、川風の吹く白蓮河原でぼくら三人はしばらく黙った。

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