ちゃりんこダビデ

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  第2章  

 甲子園球場のライトスタンドの裏、お好み焼き屋やクリーニング屋などがこじんまりと並ぶ商店街の外れにクスノキの林がある。中には小さな社殿を取り囲んで灯籠や鳥居や社務所がひっそりと建っている。甲子園スサノオ神社と呼ばれるこの社(やしろ)、その名の通り、スサノオの尊(みこと)を祭る千年の歴史を誇る由緒ある神社だが、甲子園に出場する球児たちがこぞって必勝祈願にやってくるので、いつの頃からか、勝負の神様、とりわけ高校野球の勝負の神様と、いまではスサノオの尊自身も驚くような極めて限定的な神様になっている。一部建売住宅のスペースに変貌しつつあるが、そのクスノキの林は都市地区にしては広いスペースを確保している。クスノキのほかにもクヌギやトチノキなどの樹木がまばらに生えて、子供らがキャッチボールしたり、追っかけっこしたり、ドングリ集めしたりしている。
 その広葉樹の林のはずれにトリ小屋のような小さなケージがある。終戦直後、氏子から寄贈された孔雀を神社が十羽ほど飼っていたものらしいが、孔雀がいなくなってからは半ば物置小屋のように放置されていた。それをある男が借り受け、ケージの上部にひっそりと看板を上げて、小さな商売を始めていた。
 競輪場職員に取り押さえられた日の帰り、ぼくはママチャリに乗って帰ろうとして、ふとそのケージが目が止まった。
 ーーーストライクだけの青春でいいのか
 近づくと何やら小さな文字、こねくったような不揃いの文字だが、その手書きの文字でよく意味の分からないことが書いてある。天下の日本野球のメッカ、甲子園のバッティングセンターとしてはまことにお粗末な設備だ。中にあるマシーンも旧式のアーム状投球機、一球投げるたびにガシャ、ピシャ、ギギギという音を立てて、アームが激しく余韻の上下を繰り返すあの機械だ。でもさすがに安い。「三十球・二百円」と書いてある。
「バッテイングでもやって帰るか」
 ぼくはその安さにひかれる。もちろんムシャクシャしていたからだ。選管(選手管理)職員たちの小言に頭にきていた憂さをバッティングでもやって晴らそうと思う。
 備え付けのバット入れの中から一本引き抜き、四つのピッチングマシンが並んでいるその右から二番目のケージに入る。錆び付いた金網の扉を開けると防護ネットがあるが、この防護ネットもあちこちボロボロになって、これじゃ球が飛び出すんじゃないかと心配になる。
 そのとき「待ったあ」と大声がかかる。
 何事と思ってキョロキョロしていると、ケージの裏からオッサンが出て来た。
「そこに書いてあるやろ」
 無精髭を生やし、ワイシャツにジャージという気楽な格好のオッサンがバット入れの文字を指差す。そこには“フトシのバット”と書いてある。
「このバットは客が持つんやない、このフトシが持つんや」
 そう言うと、オッサンは通路の端から塗料の剥げかけた野球ユニフォーム着たペコちゃん人形のようなハリボテを持ってくる。オッサンは扉を開けてぼくの持つバットを取り上げてそのデップリ太ったマネキンに握らせる。ぼくをどかせて、そのフトシと呼ばれるマルキンをバッターボックスに立たせるのである。
「“高松一高”?」
 ぼくはマネキンの胸に書かれた文字を読む。
「高松一高のフトシ、これが怪童中西太や。それからキャッチャーのドイも必要や」
「ドイ?」
「岡山東商のドイや、アキヤマ・ドイいうたら、高校野球から大洋ホエールズまでそのままの形で進んだ希有なバッテリーや、そのままの姿で二十年、つまりキャッチャーのドイは一度も立ち上がらず地べたに這いつくばったまま甲子園からプロ野球川崎球場まで二十年間過ごした。ああ今でも思い出せば感涙の滂沱、アキヤマ・ドイは畏敬と尊崇の甲子園屈指のバッテリーやった」
 オッサンはそうブツブツ言いながら、防護ネットの隅からマスクをかぶった、これもやたらデップリした人形を持ち出してくる。人形の顔や胸の辺りには綿が入っているようだが、あちこちから黄ばんだ繊維の固まりがはみ出しているし、まるで踏み付けられたシュークリームのような状態になっている。
「ドイもなあ、歳とって、このキャッチャーミットだけでは球受けきらんようになってきた」
 オッサンは“ドイ”の持つボロボロのミットを手直ししてやる。こんなもの、人間が持ってても球は受けられない。手の周りにかろうじて布が張られているというだけのものだ。
「なあドイ、死なばもろともや、今日も体で止めろ。死に水は取ったる。お客さんもお前のその死を賭したキャッチに心をうたれると、そう言いんなしゃっとるとじゃ」
 オッサンはどういう訳か九州弁になってドイに言い含めるようにそう言うと、ドイの胸からはみ出してきている綿をギュッギュッ詰め込み、だらんと垂れ下がっている布製のキャッチャーミットの位置を力まかせに上に上げようとする。
「よっしゃ、にいちゃん、ふん」と手を差し出す。
「は?」
「書いてある通り、三十球二百円でええ、収益を無視した出血大サービス、野球判定人業界のNPO法人と言ってもええ」
 何を言っているのか分からん。何だ、野球判定人業界って。とにかくオッサンはカネを要求しているようだ。
「え、でもまず、そのフトシくんとかいうバット持った人形どけてくれないと」
「バッターどかしてどうするんや」
「え、でも、それどけないと打てないでしょ」
「打つ?打つってどういうことや、アンパイヤが打ってどうするんや」
「え?」
「ここはアンパイヤ・センターや、書いてあるやろ、ここに、兵・藤・ア・ン・パ・イ・ヤ・セ・ン・タ・ーって」
 オッサンは落ちそうになりながら網にひっかかっている十個ほどの看板を一個一個声を出して指差していく。
「アンパイヤ・センター・・・・・・?」
「兵藤というのは、オレの名前や。元甲子園高校野球審判長、兵藤清之助」
 オッサンは両こぶしを腰に当てて自分の名前を誇示するが、ぼくは呆気にとられて「アンパイヤ・センター」という金網にかかっている看板を見上げる。
「とにかく二百円、ほれ」と兵藤というそのオッサンは手を出して催促する。
 それに釣られて、ぼくは「三十球二百円なら安い」と思って用意していた手の平の中の百円玉二枚を渡してしまう。オッサンに審判用のマスクと胸当てを渡される。
「着けるの?これ?」
「ケガしてもええんか」
「いや、それは困る」
 オッサンは顎をしゃくって中に入れと促す。マスクと胸当ては汗のすえたような匂いがしてムッとする。それでもそれらを着けて、綿のはみ出した“ドイ”の後ろに立つ。
 いきなりピッチング・マシーンのアームがギギギギといううなりを上げながら回り出す。ブイーンという音と共に、縫い目がほつれ黒ずんだ硬球が“ドイ”の顔のあたりにドスンという鈍い音を立てて当たり、コロコロと前に転がる。ドイの耳のあたりからは綿ぼこりが立っていて、顔が少し歪んでいる。
 ぼくは思わずそのドイの顔のあたりを大丈夫かと覗き込む。
「ストラーイク!」
 防護ネットの後ろでオッサンが右手を上げてびっくりするような大声を出す。
「・・・・・・」
「ストラーイク!」
 オッサンはもう一度大声を出す。
「ストライク・・・」
 ぼくも右手を少し上げて言ってみる。
 すぐさままたギギギギ、ギイーィ、ドスンが来て、今度は球がドイの胸のあたりに来て、そのまま布の破れ目から綿入れの中に入ってしまった。
「スト、ストライク」と小さく言ってみる。
「ストラーイク!」
 またしても、ぼくの“ストライク”を打ち消すように、防護ネットの後ろでオッサンが大声を上げる。何なんだ、うるさい。ぼくは体をひねって後ろを見る。見なければよかった。
「ストライクはインサイドアウト、肘を締めて体の前を這うように伸びて、そこから真っ直ぐに拳を突き上げる。ストラーイク!ああ今日も甲子園球場上空、日暈(にちうん)の中心にヒバリが舞い上がる」
 オッサンは見られたことに勢いを得て、ことさら自分の拳を高く振り上げ、その拳を見上げて言う。
「ストラーイクの舞いヒバリだ!・・・・・・ストライクってのはなあ、アンパイアにとってのストライクってのはなあ、切り札なんや、寿司屋のトロや、天ぷら屋のエビや、葬式坊主の般若心経や、消防隊員の高圧一斉放水や、ワァー、何だか分からん」
 オッサンはそれだけ叫ぶと、目をぎゅっとつぶり突き上げた拳をさらに握りしめる。
「兵藤さん、ほんとに・・・・・・。どうしてそんな、いつもいつもストライクって言うだけで高揚するんですか、ほれ、所長、お客さん、困ってるじゃないですか」
 突然エプロン着けてホウキとチリトリ持った四十前後の女が入ってきて、溜息つきながら言う。
「掃除もおちおち出来やしない。だいたいこのアンパイヤセンターはいつもガラガラで、人なんかいやしないのに、何で掃除する必要があんの」
 女は下向いてホウキで掃きながらぶつぶつ言う。
「何?」
 兵藤と呼ばれたオッサンは手を上げたまま、女の方を見る。
「兵藤さん、所長としてのあなたの気持ちは分かります。でもやっぱり無理だと思うんです、アンパイヤセンターなんて」
 女は諭すような静かな口調になって言う。
「・・・・・・」
 兵藤は言葉をなくして立っている。
「バッティングセンターってのも分かるし、スピード表示の出るピッチングセンターってのも最近見たことあります。でもアンパイヤセンターなんて・・・・・・。三十球二百円でしょ、兵藤さん。二百円。二百円払って球がビュッビュッビュッて三十球飛んできて、機械や人形の後ろに立って、二百円払ってストラーイク!とか、そんなの、やっぱりおかしいですよ。せっかく阪神球団の二軍からお古のピッチングマシーンを四台も譲り受けたんだから、打ちゃいいじゃないですか、バッティングセンターにすりゃいいじゃないですか。なんで後ろに立ってコールするんですか」
 女の言葉を聞いて、兵藤は右手を上げたまま、じっと目を閉じる。
「なぜなんや、サキ」
「は?」
 サキと呼ばれた女が答える。
「バッティングセンターやピッチングセンターがあるのに、どうしてアンパイヤセンターはないんや」
 兵藤は腕を下ろして力なくそう言い、それから首を少しひねってサキの方を見る。
「うーん、まあ快感がないからでしょうね」
 サキが軽く答える。
「快感がない?」
「来た球ポッカーンて打てば気持ちいいし、投げた球が一三〇キロ出た、一四〇キロ出たとかいえば、それも気持ちいいでしょうけど、マシンの投げる球、ストラーイクと叫んで誰か気持ちいい?叫んだ本人?叫びを聞く周りの人間?それとも叫ばれたピッチングマシン?“いやあ、オレの投げた球、ストライクって言ってくれた、嬉しいなあ”って、機械がアームを後頭部にギギギギ言わせて回して、こうやって頭掻いたりして、あはははは、あっ、痛!」
 女はチリトリ持った手で後頭部掻いてみせようとしたので、はずみでチリトリの角がこめかみに当たる。でも兵藤は女の方は一切見ないで俯いて考え込んで、ぶつぶつ言う。
「喜ばなかった、確かに喜ばなかった。・・・・・・思えば苦しみばかりやった、アンパイヤというのは。“オレ、ここで三振したら国に帰れねえっす、へっぺし村のサケ漁やってるじっちゃんたちがカネ出し合って買ってくれたこのバットコ持って最後の最後に代打で出て、一球も振らずに三振ゲームセットなんて、おりゃ困るっす、死ぬしかねえっす”と、そうやって手を合わせてきたヤツに向かって、オレはことさら大きな声で叫んだ。ストラーイク!バッターアウト!ゲームセット!非情のライセンスと呼べ、鬼畜の判定人と呼べ、オレをピカレスクコートと呼んでみろ・・・・・・」
 兵藤はまた新たな高揚をみせはじめ、それを見てサキは溜息をつく。その間もギギギというアームの軋みと共にボールは投げられていて、ぼくは二人の問答よりそっちの方が気になるのだが、みな大体ドイの顔か胸のあたりにドスンと音を立てて当たっている。
「あのですね、兵藤さん、・・・“兵藤さん”ですよね?」
 ぼくは金網の手前から声を掛ける。
「よく分かったな、いかにもわたしは兵藤だ、甲子園の鬼のストライクマンと恐れられた兵藤清之助だ、何だ、何か質問か」
 ぼくの問いかけに、胸に当てた拳はそのままに、兵藤は防護ネットの中に向く。
「アンパイヤセンターって言っても、これ、球は全部ピッチングマシンが投げるんだから、これってストライクばっかりなんじゃないんですか。ストライクって言うしかないんじゃないんですか?こんなんでアンパイヤの練習になるんですか?」
 酸っぱい匂いのマスクを着けたまま、ぼくは後ろ向いて大声を出す。その間もギーィ、ドスンのマシンの投げ込みは続くから、ぼくは危険を避けて体をドイの横にずらす。
「いいのか、お前の人生、ストライクばかりで」
「は?」
「お前の人生ストライクばかりでいいのかと聞いとるんや」
 兵藤も怒ったように大声を出す。
「そのうちボールが来る。きっと来る。人生ストライクばかりということがあるものか。いいか、このピッチングマシンは阪神二軍の鳴尾浜練習場で十年使われたものだ。ピッチングマシンは十年が限界と言われとる。投げるたびにギギギと音もしている。きっと、もうじきとんでもないボールを投げるようになる。フォアボールも出る。デッドボールも出る。危険球退場だって、きっとそのうち起こるようになる」
「はあ・・・・・・」
 兵藤の強い口調に首を傾げながら、ぼくはまた前を向く。
 突然、兵藤は防護ネットをくぐって隣のケージに入る。さっきまでドイと並べて隅っこに置いてあったオオモリと書かれたはりぼて人形をホームベースの後ろに置く。ドイと同じく、黄ばんで綿のはみ出たキャッチャーだ。
「オオモリや、松山商業のオオモリや。昭和四十四年、三沢の太田幸司と決勝戦を戦った松山商業のキャッチャー、オオモリや」
 兵藤はこっちを見て、はりぼて人形の背中のオオモリという字を示す。袖のところには“松山商業”という字もある。松山商業のオオモリって、あの三沢の太田幸司と対戦したときの松山商業の選手か?どうでもいいけど、中西太とか、秋山・土井とか、太田幸司とかって、みんな古いなあ。
「それからこうや。スピードを最速の“百四十キロ”、投球間隔は最も忙しい“矢継ぎ早”に設定する」
 そう言いながら、兵藤は手元の錆びてギリギリの音のするスイッチを回す。そんなスイッチがあるのかと自分のケージを見てみると、ああ、なるほど、ぼくのは“反省含み”という投球間隔に設定されている。ピッチングマシーンが反省したりするのか?いや“反省含み”の文字の前に小さい字が書いてある。“周りが”と書いてある。“周りが反省含み”か?何じゃこりゃ?こういう投球間隔にしているから、色々言われたりするんだ。
「来い、オオタコウジ」と兵藤はピッチングマシンの方を見て叫び「プレイボール!」と右手を上げる。
 太田幸司が投げるのか?松山商業のキャッチャーに向かって三沢の太田幸司が投げるのか?変だろ、何だ、それ。
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク!」
 確かに“矢継ぎ早”はひっきりなしにボールが来る。
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク!」
 ・・・・・・
 三十球ほど、もの凄い勢いで連続でストライクを宣告したあと、清之助はハアハア言って膝に手を置き、こっちを見る。
「昭和四十四年夏の決勝戦だった、フーッ、暑い夏も盆を過ぎてようやく涼しさを取り戻し、フーッ、甲子園にも赤トンボが飛んでいた」
 手を膝のままそれだけ言うと、清之助は背筋を伸ばして息を整え、今度はこっちに正対する。
「全国を吹き荒れた大学紛争の嵐も夏の盛りをピークにしたように下火になっていた。あの暑く燃えた若者たちの息吹はどこへ行ったか、赤き旗は幾筋もの亀裂を孕み、どこのムクロを包んでいるのか。寂寞と追想の中、第五十一回全国高等学校野球選手権大会決勝は始まった」
 隣のケージとの間の防護ネットを掻き分けて兵藤はぼくの方へやってくる。ドイの頭に軽く手をやりながら、兵藤は静かに続ける。
「決勝戦史上まれにみる投手戦となった。死闘は延長十八回裏、青森県立三沢高校の攻撃を迎える。二死満塁、打者のボールカウント、ゼロ・スリー、この回が終われば、決勝戦史上初の引き分け再試合が決定していた。再試合になれば太田幸司一人にオンブにダッコ、青森三沢米軍基地でファントム戦闘機に向かって石投げするのが唯一の練習という三沢いなか者集団が勝てる訳がない。しかしわたしの腹はすでに決まっていた。悲運のロシアロマノフ王朝の末裔、スターリンに追われて酷寒のシベリア平原を長靴一つで越えてきた、その母タチアナ・キンスキーが三沢市民病院集中治療室で一心にテレビを見つめていた。エース太田幸司をハッピーエンドで終わらせる訳にはいかない」
 いまネットを掻き分けてこっちのケージに来たばかりなのに、兵藤はブツブツと言いながら、また自分のケージの方に戻る。そして今度はキャッチャー、オオモリの綿のはみ出した頭に触りながら言葉を続ける。
「悲運のロマノフ王朝の末裔、あわれ、甲子園のマウンドに散る。あと一球ボールになれば県立三沢のサヨナラ優勝だ。しかし白系ロシア、宿世の貴公子・太田幸司がそんな脚光を浴びてどうする。四球目、松山商井上の投げた球は外大きくはずれた。キャッチャー、このオオモリがこうやって(オオモリをぐいっと横倒しにする)のけぞって取るぐらいのくそボールだった。五万観衆が押し出しサヨナラ、三沢の優勝だと思って大歓声をあげたその瞬間、“ストラーイク!”。この右手を見ろ、ボヘミア盆地の、あのフランツ・ペーター・シューベルトを感動させた樅の木のごときまっすぐ天空に立つ渾身のストラーイク!ああ美しいストライクだった。太田幸司を悲運の白系ロシア、慟哭のニコライ王朝末裔として甲子園で作り上げたのはこのわたし、兵藤清之助だ、ストラーイク!」
 清之助の高く掲げた右手はじっとして動かず、クスノキ林から漏れてくる夕陽に照らされている。
 そのとき兵藤は後ろを向いてチラッとサキに合図する。サキは「え?」という表情をする。兵藤は右手を上げたまま、「チッ」と舌打ちし、首を振ってなおもサキを促す。
「主審スン、わだバ、ダスタラ、えだっギャ? おせてケロ?」
 サキはホウキとチリトリを持ったまま、大儀そうに津軽弁の言葉を言う。どうやら二人の間では決まり文句になっているようだ。
「お、何だ、三沢の代打、土之下沢次郎か、そんなところじゃ何言っとるか分からん、もっとこっちに来てはっきり言え」
 兵藤は後ろを向いて金網越しにサキに言う。
 サキは「ふう」と溜息をつき、諦めたようにホウキとチリトリを置くと、ギィーと音をさせて扉を開けてケージに入る。
「主審スン、わだバ、ダスタラ、えだっギャ? おせてケロ?」
 さっきと同じ言葉を兵藤に向かって言う。
「コールのあと、バッターボックスを外した三沢の打者がわたしに聞いてきた。わたしは瞬間、わたしのストライクコールに文句をつけてきたのかと思った」
 兵藤はネット越しにぼくの方に向いて言う。
「満員の観客もそう思ったようでスタンドは騒然とする。高校野球で選手が審判にクレームをつけるというのは前代未聞のことだからだ。しかし違った。三沢の土之下沢次郎がわたしに見せたのは、困惑と萎縮の表情だった。土之下は丸メガネを掛けたソバカスだらけの選手だった。自分のズーズー弁をはにかみながら、それでもすがる思いで“オラはどうすべか?”とぼそぼそと聞いてきたのだ」
 サキはホウキをバットのようにしてぎこちなく素振りをしたりする。さっきまで所長に批判的のようだったのに、えらく協力的だ。たぶん兵藤がこの三沢高校の話をするときのルーティーンになっているんだろう。
「“オレにまかせろ、悪いようにはせん”とわたしは土之下に向けて一ことだけ低くうなった。兵藤清之助、一世一代、腹は決まっていた。全国三千万の判官びいきを敵にする覚悟は出来ていた。ワン・スリーからの次の球もキャッチャーがダイビングして取るような外角遠く外れたボールだ。土之下は当然振らない。五万観衆の誰もが三沢の押し出しサヨナラ勝ちを確信した。“ストラーイク!”わたしはまた日暈の真ん中に突き刺さる渾身のストライクを宣した」
「ガンドグばぜったいフルンデネゾたら言うダギャ、ワダば、黙ってつっ立っとるダゲデ、じうんぶんにエンダスケ、おせてケロ」
 サキが兵藤に詰め寄って言う。
「また土之下はわたしに寄ってきてボソボソ言った。“土之下、お前、何言っとるか、さっぱり分からん。わしは言ったろうが、甲子園では分かる言葉を使えって”とわたしはそうたしなめた」
「わんド、わがんねドモ、わだバ、バットコ持って打たにゃナンネダドモダシテ、なしたらコンナコツ、わがっだドギャ、わがんねドガ、しゃんべねバ、しゃんべねドモ、なんどもなんねがダシテ」
「ああ、何言っとるか、ますます分からん。とにかくだ、土之下、選手訓辞でもわたしは言ったろうが。迷ったときは筋書きがないように見える行動を取れと。それが甲子園球児に与えられた宿命ぞと」
「なしてサシダラゴドト言うダガシテ ワンド勝ちテシテ ワンド勝ちテシテ」
 サキは地団駄踏んで泣き声を出す。
「“勝ちたい者が勝つような高校野球は、土之下、六十年前、あの原爆投下と玉音放送によってとっくに終わりを告げている。力と力の勝負なんて純粋無垢なものに憧れるやつは、あの廃屋のような倒壊寸前の甲子園競輪場へでも行って、灰色オヤジどもにヤジられながらチャリンコ漕いで来い”。・・・・・・わたしは一塁アルプススタンドの後方に見える薄汚れた甲子園競輪場の屋根を指差して吐き捨てた。“いいか、土之下、次もストライクだ、どんな球でもストライクだ、筋書きのない高校野球では次もストライクと今日の朝から決まっとる。振れ、いいか、土之下、次は振れ、振って泣きわめいて悲劇のナインの慟哭の主役になれ” もちろん次の球もキャッチャーが身を挺して止めるワンバウンド大ボールだったが、土之下はそれをめくらめっぽうに振って三振した。土之下は世間から大非難を浴びて翌日再試合、予想通り太田幸司は肩が上がらず、三沢ナインは悲劇の高校野球チームとして、いまも語り継がれることになった」
 清之助はじっと夕陽を見詰め、サキもその横で同じ方を見る。何か分からないが、二人で高揚していることだけは確かだった。
 男は兵藤清之助といい、エプロン着けた四十女は水本サキという。兵藤は半年前、この孔雀のオリをスサノオ神社から借り受けて改造し、阪神球団払い下げのピッチングマシーンを四台入れて「アンパイヤ・センター」を始めた。甲子園内野スタンド入場口にも看板を置き、阪神甲子園駅の手前にも指さし図の入った案内板を置いた。でも半年間でやってきた客はほんの十数名だった。そんな、わざわざカネ払って「ストラーイク」とか怒鳴るという、そんな酔狂なやつなんかいる訳がない。

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