奈良林さんのアドバイス

戻る | 進む | 目次

  11章 奈良林さんのアドバイス  

 二の腕を掴むと、彼女はじっと体を固くした。肩を引き寄せる。それを待っていたように、規子は目を閉じる。髪を撫でる。唇を重ねる。ブラウスのボタンを外す。白いブラジャーの中に手を入れて小さな胸の膨らみを掴む。規子の息が荒くなる。ジーパンのジッパーを下ろして脱がそうとすると、彼女が突然上体を起こす。「大丈夫。恐くないから」ぼくがなだめる。「大丈夫。心配しないで」ぼくが重ねてなだめる。「うん。有難う」彼女が答える。「・・・でも、寝てると脱がせにくいでしょ?」「ああ・・・、うん」彼女はスッと立ち上がり、ジーパンを下ろす。目の前に白いパンティが現れる。再び横になった彼女の、そのパンティの中に手を入れる。ジャリッとした陰毛の感覚のあと、軟らかい性器に届く。パンティを脱がせ、裸になって重なる。乳首にキスする。彼女の性器をまさぐる。小さな胸の起伏の向こうに陰毛が黒く固まっていて、閉じた太腿とその陰毛の間にぼくの指が入っていて、目を閉じている彼女の息が一層大きくなる。
 ストーム。

*          

 貨物列車が昼間の電車と異なる重い振動を残して通り過ぎて行く。流しのボードに掛けている鍋が音を立てて揺れる。
 「・・・いや、これはどうということはない。ぼくは若いけど、色んなことを知っている。これは緊張なんだ。分かってる。フロイトによれば、うん、フロイトもちゃんと読んでいる。これは過度の自己抑制のせいだ。ぼくのどこかで“勃起するな”って命令を出してる部分がある。それがどの部分かを探り出せばいい。それだけのことだ」
 「・・・ねえ」規子が、窓に向かって話しているぼくの顔を覗き込む。「もう寝よう」 「うん・・・」
 足が寒そうなので、フトンの下にコタツをつなげる。ぼくの紺のトレーナーを着た規子が体を近づけて来る。髪の匂いがしてくる。電気を消し、手を握ってしばらくすると寝息が聞こえてきた。
 ぼくは天井を見上げる。やっぱりインポだ。この前もこうだった。その前の初めてのときもこうだった。やっぱりインポなんだ。好きじゃないからだと思ってた。愛情がないとやっぱり立たないんだと、前のときは、そう思ってた。でも、違う。好きでも立たないんだ。そっとスタンドの電気をつける。本棚の一番下から、山口が置いていった『HOW TO SEX』を取り出す。

 新婚旅行はハワイ。でも、着いた晩は、“時差の関係で疲れているから”と彼がいうので、なにごともなく、次の夜、初めてセックスしましたが、でも結局ダメでした。彼はしきりに、“おかしい”とか、“こんなはずはないのに”とかいっていましたが、できませんでした。その次の夜もやはり同じで、一週間ハワイにいて、結局、私は処女のままの体で東京に戻って来たわけです。私は、このことについてなにもいいませんでしたけれど、彼は、勝手に“僕はハワイまで恥をかきに行ったみたいなもんだ”とか“僕をけいべつしているだろう”とか、いらいらした様子をみせて、ごくまれにしか、私の体を求めません。
 見合い結婚で、まじめ一方の彼は、婚約時代のデートでも、キッスもしようとしませんでしたし、正真正銘、童貞だったと思います。二カ月ほどしても、夫婦になれないので、母にそれとなく話したところ、“まじめでウブなひとはそういうものらしいわよ、そのうち治るから心配しないように”ということでした。でも、四カ月たったいまでも、彼の性器は私に近づくと、力が無くなって、ダメになります。私の頼みをようやく聞き入れて彼は秘尿器科にいってくれましたが、先生はどこも悪くない、とおっしゃったそうです。
 彼の不能はどこに原因があるのでしょうか。


 ああ、だめだ。ズキズキ胸に突き刺さる。


 よく、性行為に不馴れだから、いざという時だめになる、というふうに考えられたりするが、不馴れからの緊張が起こす不始末はむしろ早漏という形や、結合がうまく行なえない、という形となって現れるのがふつうのこと。結婚のはじめからずっとだめ、つまりインポテンス(勃起不全)であるような場合は「原発性インポテンス」といって、同じインポでも重症の部類に入ることになっている。


 そっとスタンドの電気を消す。ああ、読まなきゃよかった。どうすりゃいいんだ。縮まったままのペニスを握りつける。・・・神様、ぼくの不能は一体どこに原因があるのでしょうか。
 規子とセックスしたい。ワーッ、大好きな規子とセックスしたい。



 コタツ、熱いなあ・・・。何時間かうつらうつらした明け方近く、目が覚めた。今、何時だろうか。規子は小さなイビキまでかいて寝ている。初めて泊まる男の部屋で、本当にいい度胸だ。フトンに潜り込んでコタツのツマミを探す。コタツの赤い光の中に規子の白い足が見える。うん? 目をこする。規子は性交未完成時の状態のまま、上半身だけぼくのトレーナーを着て寝ていたのだ。その男ものの長いトレーナーがめくれ上がって、オレンジに染まった太腿の上に陰毛がなびいている。ああ、いやらしい。ああ、寝返りをうった。うん?股間にズシリと重たい感じが。忘れかけていたあの感触が。
 「あの・・・」規子の耳元でささやく。と同時に腰を押しつけて行く。
 「・・・うん?」規子は気がついてうす目を開ける。
 「あ・・・、入れていい?」
 「・・・え」
 「あ、・・・急で悪いけど、入れていい?」
 「・・・え?」
 「あ、いや、ちょっと、そのままじっとしててくれたらいいから。何なら寝ててくれてもいいから」
 ぼくは直立した股間を規子の太腿にグイッと押しつける。「ああ・・・」と規子が小さい声を上げ、「うん」と頷き、目を閉じる。



 隣のアパートとのわずかの隙間から朝の光が入り込んで来る。
 ハハハ。涙と洟水と笑いが一緒に出て来る。規子を抱き寄せる。
 「男のくせによく涙が出るのね」ぼくの顔を覗き込んで言う。
 「うん・・・」洟水を手の甲で拭う。「水分過多なんだな、きっと・・・」
 背中で見えないようにして、枕元のカレンダーに書き込む。一二月二四日・クリスマス・イブ。DEEP INPRESSION。
 「朝飯食うか?」立ち上がって言う。
 振り向くと、規子はフトンを顎のあたりまでかけて、「食う」と口を尖んがらせる。
 「ええっと・・・」冷蔵庫を覗き込む。「塩ジャケと焼きのりかな・・・」鼻歌を歌いながら、ゴソゴソと取り出す。
 「卵焼きとみそ汁」うしろから念仏のような響きがした。振り向くと、規子はフトンを頭の上までスッポリかぶっている。
 「塩ジャケと焼きのりがあれば十分だな」再び冷蔵庫をさぐる。
 「卵焼きとみそ汁付けて」フトンの下から、地響きのような絶叫が聞こえてきた。


戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1992 乗峯栄一 All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system