奈良林さんのアドバイス

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  6章 ポカリスウェット・パニック  

 ぼくは疲れている。火曜日から四日間、中村リエは約束どうりやってきた。ちょっとしたトラブルがあって、トラブルといったって、そりゃ言ってみりゃトラブルだけど、ほんとにトラブルと言えるのかどうかっていうようなぐらいのもので、ほんとにだから、トラブルっていっても、全然どうっていうことはないんだけど、でも、何か、あれ、今日は何だか変だぞ。変だぞ、何だか思い切って言ってしまいたいような、わぁーっ、ボクはインポです。一九才の初体験のときもそうでした。今度もそうでした。
 ・・・でも、・・・断っておくけど、三晩ともそうだったわけじゃない。中村リエは火曜日の夜遅く着いて、ちょっと酒呑んで、型通り胸なんか触って、スカートの中にもしっかり手を入れて、“あれ、おかしいなあ”てなことを言って、“酒のせいだな”とか、中年課長のようなことも言って、でも心の中では“あせらなくてもいい。あと二晩ある。あと二晩あれば、いくら頑迷な抑制心だって緩むに決まってる”という、念仏のような、お祓いのような自己暗示を掛け続け、“今晩はここまでにしとこう”と急に余裕のセリフを呟き、“・・・君のことは大事にしたいんだ”というようなことも言って、相手は“あら、そう”と天気予報でも聞くように頷いていたが、内心では感激しているはずだと想像していた。
 ・・・でも間違いだった。次の日の朝、あくびをしながら「今日から友達二人来るの」と言われて、その言葉どうり、色黒のメガネのねえちゃんと相撲取りのようなねえちゃんが来て、この狭い、暗い部屋に、思いがけなくも、東京遊興の拠点としての名誉を授けていただき、“晩にはスキヤキやろう”“朝は食欲ないから、トーストにハムエッグぐらいでええよ”“あっ、昼は気を使わなくていい、ディズニーランドで食べるから。遊びに来てお昼まで気を使わせたら悪いし。その辺はちゃんと自覚してんねん。・・・あっ、ちょっと、電話貸してェ。どうしても友達と連絡しとかんとあかんことがあるねん。神戸と大阪の友達、五箇所だけやから・・・”“あ、カズミ、うん、いま、東京、あ、そうそう、リエの同級生がね、どうしても泊まって行ってくれって言うて・・・、(“言ってない、言ってない”電話の隣で力無く首を振るぼく)・・・あ、カトウさんて、ああ、あの精力絶倫ってミチコが言うてた、え、三井物産行ってんの。そんなエリートやったん? ・・・へえー。・・・うん、行ってみる。行ってみる。六本木ぐらい案内してくれはるやろ・・・え、まあ、いざとなれば、・・・ハハハ、そりゃ、お手合わせぐらい、いいけど・・・、ハハハ、うん、金曜日には帰るつもり・・・”
 金曜日の朝、ドヤドヤと三人はどこからともなく帰って来て、“ああ、疲れた”と冷蔵庫から大事にしていたポカリスウェットを引っ張り出してカブ飲みし、顔を見合わせ、“ハハハ”と笑ったかと思うと、グーグー寝始め、昼過ぎに起きると、“あ、もう、こんな時間。・・・帰らないと”の言葉を残し、出て行った。
 嵐の三人女の立ち去ったあと、ぼくはほうり出されたポカリスウェットの容器を眺め、呆然と立ちすくむ。


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